彦根城の縄張り図から見る特徴と城の役割

関西
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彦根市にある、彦根城に観光に行ったことがあるという人もいるかも

しれませんね。

彦根城は、どんな縄張りがめぐらされていたのかご存じですか?

この記事では、縄張り図から見る彦根城の特徴や役割について見ていきたいと

思います。

彦根城の城主「井伊家」は何をした人?

早速、彦根城の縄張り図について調べてみました。

こちらのサイトによると、彦根城の縄張り図には「彦根御城下惣絵図」と

「御城内御絵図」という縄張り図があることがわかりました。

彦根御城下惣絵図は、天保7年(1836)に彦根藩普請方によって作成された

彦根城下町全体の図となっています。

御城内御絵図は、文化11年(1814)彦根城第1郭、すなわち内堀より内側の

「御城内」を描いた図となっています。

建物や石垣、堀などの実寸が書き込まれており、城郭を管理する上で基本となる

図だったことがわかっているそうです。

それぞれの詳しい図の内容については上記サイトを見てみてください。

そして気になるのは、縄張り図を見てわかる彦根城と特徴と役割かと思います。

彦根城の縄張り|彦根市
 彦根城は南北に長い尾根を整地して、丸を連ねた連郭式〔れんかくしき〕の平山城です。南から「鐘の丸」「太鼓丸」「本丸」そして「西の丸」が直線的に連なっています。 彦根城を縄張り、つまり城本来の軍事的な防衛施設として見ると、その発達した様子がわかります。 彦根城には、本丸にいたる前後に構築された大堀切(おおほりぎり)があり...

こちらのサイトによると、縄張り図からわかる彦根城の特徴には、

「連郭式(れんかくしき)」というものがあることがわかりました。

彦根城は、南北に長い尾根を整地して、丸を連ねているという特徴が

あります。

南から「鐘の丸」、「太鼓丸」、「本丸」、そして「西の丸」が直線的に連なって

いるのです。

そして、本丸にいたる前後に大堀切(おおほりぎり)という空堀が構築されて

いたことがわかっています。

さらには、全国的にもめずらしい登り石垣が5か所に築かれているのです。

これらによって、敵の侵入や動きを阻止することができていたということが

わかります。

こうした役割をもつ城を作っていたということを知ることも大事なことかも

しれませんね。

また、彦根城の城主は「井伊家」なのですが、井伊家についてどれくらい

ご存じでしょうか?

彦根藩主井伊家| 彦根城博物館|Hikone Castle Museum|滋賀県彦根市金亀町にある博物館
特別史跡に建つ、滋賀県彦根市金亀町にある博物館。井伊家に伝わった美術工芸品や古文書などを収蔵・展示。

こちらのサイトによると、井伊家は江戸時代で彦根藩主として近江国東を

中心とした一帯を治めた大名だとわかりました。

江戸初期と幕末を除いては、領地はなんと30万石をかぞえ、譜代大名筆頭の

家格を誇っていたのです。

井伊家は、徳川将軍の治世を支えるという大役を担っていたということ

なのですね。

彦根城で生まれた井伊直弼の功績

先ほど、彦根城の城主は井伊家とお伝えしましたが、中でも井伊直弼は

とても有名ですよね。

井伊直弼の大老政治について| 彦根城博物館|Hikone Castle Museum|滋賀県彦根市金亀町にある博物館
特別史跡に建つ、滋賀県彦根市金亀町にある博物館。井伊家に伝わった美術工芸品や古文書などを収蔵・展示。

こちらのサイトによると、井伊直弼は幕末政治に重要な役割を果たした

人物だということがあらためてわかりました。

ですが、その業績についてはこれまで善悪両極端に評価されてきたといいます。

一般的には、強権的な政治によって反対派を弾圧したことにより、悪人イメージも

根強いのだそうです。

しかし、一方の地元彦根においては、鎖国していた日本を開国に導いた

偉人として高く評価されているのです。

このように評価が両極に分かれてしまっている原因には、井伊直弼の死後の

歴史が関係しているといいます。

井伊直弼と対立していた勢力が政権をにぎって、さらに江戸幕府を倒した

明治維新政府によって近代国家が築かれると、井伊直弼の政治は批判対象と

なったのだそうです。

こういった政治的な背景によって、井伊直弼の事績が正確に伝えられて

こなかったことになります。

こうした背景がありながらも、地元彦根の人々は井伊直弼を開国の恩人と

評価して、日本近代の出発点を井伊直弼に求めようとしたのです。

これだけ、地元民から頼りにされ、尊重されていたのだということが

井伊直弼の功績と言えるでしょう。

まとめ

これまで、縄張り図から見る彦根城の特徴や城の役割について、また

彦根城の城主である井伊家は何をした人なのか、さらに彦根城で生まれた

井伊直弼の功績についてお伝えしてきました。

縄張り図から彦根城を見ると、その特徴や役割についても見えてくるという

ことがわかりました。

縄張り図は単に地図というわけではなく、どのようなかたちで敵の侵入を

防いでいたかなど、歴史の背景を見て取れます。

その縄張り図もひとつではなくて、「彦根御城下惣絵図」と「御城内御絵図」

といったものが存在することもわかりました。

お城の端的な部分だけでなく、すべてにおいての特徴や役割が縄張り図から

見て取れるということもこの機会に知っておくと、歴史をより知ることができて

いいですね。

また、彦根城の城主である井伊家は、近江国東の一帯をおさめた大名だと

いうことがわかりました。

井伊家は江戸時代において、とても重要な役割を担っていたということが

わかりますね。

さらに、彦根城で生まれた井伊直弼の功績についてもわかりました。

一般的には、あまりよく言われていなかったりもしたようですが、彦根の人々に

とっては、恩人と呼ばれるほどの偉大な存在だったことがわかります。

歴史を知ることは、その人物の功績などを知ることにもつながります。

どんな人物がどのように関わっていたのか、お城を訪れる前に知っておくと

そのお城の見え方も違ってきそうですね。

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